水たまりより狭く、日本海溝より深く

今日も一日脳筋解決。脳みそこねこね

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最近はてぶで何気ない事をブログにするの流行ってますね。

3年前くらいに作ったブログの存在を思い出したので、のんびりゆったり始めて見よう。

センシティブな日記はノートにまとめてはいたけど、ペンを持って文書を書くと如何せん時間がかかるので、センシティブでは無い日記はキーボードで書いてみましょう。

インターネットとともに生まれ、インターネットと育った男

僕の生まれは1990年。狭義の意味でのインターネットは、CERNが1990年に世界で初めてWWWシステムのための、サーバとブラウザを開発した時点で生まれた物と考える。

そう考えると僕はインターネットとともに生まれ、ともに育ち、ともに生きていると言える。

当初のインターネットと言えば、日本で自動車が走り始めたときのように、ルールが整備されていなかった。しかしながら、インターネットへアクセスできるユーザはごくごく限られていたため、ルール整備をせずとも秩序を保つことができていた。


ルールという物はとある事象が起きた後、再度同じ事象が発生することを防ごうとしたとき初めて生まれる。


1990年から現在に至るまでに、インターネットへリーチする手段やデバイスは、とてつもないスピードで進化、発展を遂げてきた。

発展を遂げるにつれ、インターネットへリーチするコストはどんどん下がっていき、ユーザが研究者や軍人、教育機関、法人、ギーク、そして一般市民へとその裾野を広げていった。

使うユーザが増えれば増えるほど、見えていなかった問題が目に見えてくる。そのたびに新たなルールが生まれ、息苦しい世界へと展望を遂げていく。

しかしそれは、ごくごく当たり前の事であってこの連鎖を止めるのであれば、ユーザを全てKillする必要がある。では、ユーザを全てKillしましょうとなると、インターネットという世界はこの世から消え去ってしまう。

そんな事を考えながら最近のSNSでのいざこざなどに思いを馳せてみる。