水たまりより狭く、日本海溝より深く

今日も一日脳筋解決。脳みそこねこね

ネットワーククラスタに至るまで (Kosen Advent Calendar 2012)

この記事は - Kosen Advent Calendar 2012 の参加記事です。

Advent Calendarの意味は各自ググってください。

Google is your friend !

 

前日の担当はsalvia_aka_meme さんです。

 

さて、Kosen Advent Calendar 2012の舞台をお借りして

僕の高専時代から今までを少し振り返ってみたいと思います。

 

1、自己紹介

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名前:しょぼん

年齢:22

職業:ネットワークインフラエンジニア

卒業校:OPCT

卒業年:2011年

専攻:電子情報

 

僕が卒業すると同時に、大阪府立工業高等専門学校

大阪府立大学付属工業高等専門学校に変わってしまいました・・・

最後のOPCT生です。 今はOPUCTって言うのかな

 

2、高専入学前

実は高専に入る前はいわゆるオタクではなく割と普通な中学生でした。

単純に物作りに興味を持っていた普通のね。

時間とは残酷なものだよ。どんな時でもね。

 

高専の存在については実は中1から知っていました。

当時は機械に非常に興味を持っており、その事を先生に相談

したところ、「これは高専という学校で〜」という説明を受けたのが

高専とのファーストコンタクトです。

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好きなことできるし大学受験せずに就職も

おいしいだなんて天国じゃないっすかー!

と当時の僕は思い、中1にも関わらず本屋で

府立高専 赤本を購入したのでした。

 

from Amazon.co.jp

 

(買ったは良い物のほとんど使わなかったんですけどね)

入試は結果を開示請求した結果5教科合計470点くらいで合格してました。

後にも先にもこんな好成績を出したことはありません。

恐らく高専の中で一番成績が良かったテストは入試だと思われます(

 

3、高専1〜3年

府立に受かってからは気が緩みっぱなしだったのと、1年ってあんま専門

やんねーのな・・・ という現実に打ちひしがれ、やる気はだだ下がり

1年全体の成績平均点は大体70点くらいしかありませんでした。

1年最初のテストは62点くらいしかなかった覚えがあります。

 

その一方で数少ない専門科目には全力で取り組んでたりもしていました。

おかげで担任には「専門の成績と英語の成績”だけ”は良いんですけどねぇ」

と三者面談時に言われてたりもしてました。

 

2年、3年と進むごとに専門科目も増えてきてやる気もでるかなと思って

いたのですが、ここで自分の嫌いな専門科目、好きな専門科目との差が

顕著に表れ始めます。どちらかというと情報系の専門科目が好きなようで

情報系の専門科目には一生懸命取り組むのですが、それ以外はからっきし。

 

3年次に「あれ 俺って機械より情報系のが向いてるんじゃね」と気付きます。

遅すぎです。 何をしていたのでしょう・・・

 

そこからはプログラミングに手を出し始めます。また、同時に単位の取捨選択

をするようになってきます。

 

4、高専4年

府立では1〜3年まではすべてのコースの専門を学び、4年次にコース配属をする

という方法をとっています。何でこんなことするんだろう。

 

僕の年代は機械系に人気が集中し、情報や環境、科学系のコースはがら空き

だったので、成績の件は特に気にせず情報系のコースに配属されました。

 

さて、情報系が好きだとわかりプログラミングに手を出し始めます。

が、何か違う。授業聞いてプログラミングしてみる。教科書に載っていることは

できる。でも何か好きになれない・・・ という状態に陥り、またやる気が

なくなります。 高専に入って二枚目の大きな壁が僕の前に立ちはだかります。

 

そんな状態に加えて、大嫌いな電気回路系の授業、実験が大量に舞い込んできます。

コース配属されてから気付いたのですが、電気と情報の割合が7:3くらいだった

んです。 やる気が落ち込んでいるときに大嫌いな科目を大量にこなさないと

いけない現実にぶち当たり、外部資格を取り単位を稼ぐようになります。

 

TOEICをはじめとっても意味ないような資格をとり、余剰単位を稼ぎ、嫌いな

科目を切り捨てていきました。

 

そんな状態が夏まで続いていたのですが、夏に入った頃に一個上の先輩たちと

仲良くなります。授業のことについての悩みを打ち明けると俺も俺もー分かるわー

なんて返事が返ってきて、「あぁ俺だけじゃ無かったんだ」とわかり少し楽に

なりました。

 

夏休みに突入すると、先輩から卒研室こない?と誘われ卒研室に入り浸りはじめます。

その卒研室の担当教員が3年次の担任だったこともあり、わりとすぐになじめた感じ

がします。二日目あたりに「しょぼんも何か書こうぜ!」という話になり、

卒研にちょろっとだけ参加するようになります。このときに使った言語(フレーム

ワーク)は皆さんご存じ、リア充になれる「Ruby on Rails」です。

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確か当時はMySQL DBにデータを入力する簡単なWEBアプリを作成していました。

 

この卒研室訪問を経て、RailsMySQLが好きになりやる気を取り戻します。

 

そして、インターンシップを迎えます。

 

5、インターンシップ

4年の夏に今勤めている会社にインターンシップ実習を受けに行きます。

やったことは、仮想マシンにサーバを構築してサイボウズを動かすといった内容

 

今の僕からすればそこまで大した作業ではありませんが、当時の僕にとっては

衝撃的な体験となりました。「あぁ俺が好きな分野ってこの分野なんだ」と

気付きます。(ちなみにこのインターンシップでかの有名な@fist0と知り合います)

 

このインターンシップをまじめに取り組んでいたおかげか、就活は非常に楽でした。

 

6、そして5年へ

卒研室はもちろん4年のときにお世話になった卒研室を選びました。

4年の最後のテストが終わってからずっと通っていたような気がします。

 

5年は割と自由気ままにすごせました。苦手だった電気回路も、提出物の点数

と定期テストの点をどれくらいとれば60くらいになるか計算しながら受けることで

単位も落とすこと無くのらりくらりと交わせるようになりました。

 

卒研室ではRailsグループウェアを作成しつつ、卒研室のWebアプリが動くサーバ

の構築などを行っていました。朝から晩まで卒研の毎日が3月まで続きます。

 

就職については、自分の好きな分野が分かっている、インターンを受けた会社が

良かったということで、インターン先を希望し、特にしんどい思いもせずに内定を

いただきました。

 

内定が決まってからは、余剰単位を消費するためにめんどうくさい科目を捨て、

卒研に回します。夏休みも盆以外は朝から晩まで卒研室で卒研漬です。

(大体11時出勤でした ときどき寝坊して15時とか)

自由時間は少なかった物の、卒研がわりと楽しかったので苦には思いませんでした。

その傍ら、盆休みなどを利用してクラスメイトと学生最後のプールや花火を体験

しました。最高に充実した夏休みだったと思います(彼女いなかったけど)

 

そんなこんなで楽しい時間は過ぎ去り、3月に卒業式を迎え5年の高専生活に幕を

下ろします。

 

そして、一通り落ち着いた頃にあの東北地方太平洋沖地震を体験します。

当時は自動車学校で地震の発生を知りました。当時の関東に住んでる友達に

安否を確認したことを今でも覚えています。

 

7、社会人

卒業式の1ヶ月後。社会人として新しい一歩を踏み出しました。

自分の好きな事を仕事にできるっていうことは実はすごく幸せなこと

らしいです。 確かに仕事はしんどいけどつらくはない。

 

そして、高専カンファレンスに出会い発表するおもしろさを知り、

ネットワーク系勉強会 Kansai Hack.netを立ち上げました。

 

8、結局何が言いたかったのか

 現役生で進路に悩んでいる人を多々見受けます。

自分が本当にやりたいことは何なのだろう?といった壁にぶち当たっても

焦ることはありません。スタートが人より遅くなってしまっても、自分の

がんばりでその差を埋めることはできます。それもかなり簡単に。

 

進路とかで悩んでる現役生に少しでも役に立てたら幸いです

さぁ今年もラストスパートです!頑張っていきましょー

 

しょぼん

Kosen Advent Calendar 2012

 

次の担当はmetal_president さんです!

シャッチョサーン